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京都地方裁判所 昭和31年(レ)46号 判決 1956年10月04日

控訴人 高井いと

被控訴人 国

訴訟代理人 河津圭一 外二名

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金四万円及び之に対する昭和三十年二月八日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」。との判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上及び法律上の陳述並びに書証の提出認否、証人の証言の援用は、控訴代理人において保釈保証金は被告人の身柄に直結して決定納付され又は還付或は没取されるものであるから事実上の納付行為者が誰であらうとも常に保釈保証金上の権利は被告人に帰属し、保釈請求権の帰属如何と別個に考えらるべきものである。仮に一歩を譲つても被告人所有の金銭が保釈保証金として納入された以上、保釈請求権者又は納付者が何人であらうとも該保証金上の権利は右請求権又は納付名義と離れて常に被告人に帰属するものであると述べた外、原判決事実摘示の記載と同一であるからここにこれを引用する。

理由

控訴人主張の如き差押命令並びに転付命令が発せられ、右転付命令が昭和二十九年十月十五日被控訴人に送達された事実はいずれも当事者間に争が無く、右各命令が控訴人主張の確定判決に基くものであることは成立に争のない甲第一乃至第三号証によつてこれを認めることができる。そこで右転付命令に表示された保釈保証金の返還請求権が訴外入谷伊之助にあるかについて按ずるに、(一)控訴人は右保証金は、訴外入谷の刑事被告事件の弁護人であつた訴外小林為太郎が同人を代理して納付したものであるから本人である入谷に帰属すると主張する。ところが成立に争のない甲第四号証の一乃至三及び同第五号証の一乃至三並びに原審証人小林為太郎の証言によれば、訴外小林為太郎が控訴人主張の如き保釈保証金を納付している点は認められるけれども、右小林が訴外入谷を代理して右金員を納付したことはこれを認めることができず、却つて右小林は訴外入谷に対する被告事件について弁護人として保釈の請求をなし且つ保釈保証金を納付したことが認められるのであつてこの認定を覆し控訴人の右主張を認定するに足る証拠がない。(二)次に控訴人主張の如くたとえ右納付に際し代理名義の表示がなくとも弁護人たるの地位からして当然に被告人たる入谷を代理して納付したことになるか否かについて考えてみるに、弁護人は被告人の一般的代理人であるけれども民事訴訟における訴訟代理人と違つて単なる代理人でなく、保護者的地位をも有し、それがため法律に特別の定のある場合は独立して訴訟行為をなす権限を有し、保釈請求の場合もその一場合であることは刑事訴訟法第四十一条、第八十八条により明かであり、弁護人のなす保釈請求は被告人の有する保釈請求権を単に代理人として行使するにすぎないものであると考えることは正しくないといわなければならない。

而して裁判所が保釈を許す場合に保証金の納付を命ずるのは原則として当該保釈請求者に対してであつて保釈請求権と保釈金納付義務と直結している。即ち刑事訴訟法第八十八条第一項に規定された各保釈請求権者、例えば本件の如く弁護人の請求に係る場合はその弁護人に対して保証金の納付を命ずるのであり、このことは同法第九十四条第二項が裁判所は特に保釈請求者でない者に保証金の納付を許すことができるという例外規定を設けていることからも首肯し得るであらう。されば当該保釈が弁護人の請求に係る場合には右例外の如き特別の許可がない以上保釈保証金は保釈請求者たる弁護人に対して納付を命ぜられたものであり、弁護人の保釈請求権の性質及び同請求権と保釈金納付義務の関係が上叙の如きものである以上被告人を代理してなすものではない。ところで本件に於ては成立に争のない甲第五号証の一乃至三によれば、前記原則どおり保釈請求者として保釈請求をなした弁護人小林に対して本件各保証金の納付が命ぜられたものである事実を認めることができるのであつて、特に例外の場合として前述した如く保釈請求者でない被告人入谷が之を納付する旨の許可があつたことはこれを認定するに足る証拠がない。よつて本件各保証金は弁護人たる小林が自己の資格においてこれを納付したものであつて、控訴人主張の如く入谷を代理して納付したものと解することはできず、また、弁護人小林は単に保釈保証金の納付方依頼をうけ手続上の便宜のため自己名義で納付したにすぎないものということも認められない。従つて右各保釈保証金還付請求権は小林に属するものであつて入谷に属するものではない。(三)次に控訴人は弁護人のなす保釈請求は被告人を代理してなすものでないとしても、被告人たる第三者の為にする契約であるから被告人が受益の意思表示をすれば保釈保証金も被告人に帰属すると主張する。保釈の請求或は保証金の納付はいずれもこれを契約と解することはできないが弁護人のなすそれは第三者のためにする訴訟行為ともいいうるであろう。しかしながら保釈のための保証金の納付は被告人が保釈条件を遵守して召喚に対してはいつでも応ずることを裁判所に対して保証する担保の提供で、被告人に対する給付の約束でないことはいうまでもなく、被告人が受益の意思表示をしても被告人に帰属することはありえないから控訴人の右主張を採用することはできない。(四)次に控訴人の保釈保証金は被告人の身柄と直結し保釈請求権の帰属或は保釈金納付者と離れて、常に該保証金上の権利は被告人に帰属するとの主張について考えるに、保釈保証金は被告人が保釈条件を遵守し、召喚にはいつでも応ずることを保証するものであるから身柄と密接に関連し、保釈条件の遵守如何により保証金上に危険を負担することは勿論あるが、他人が自己の危険において本人を保証することは保証なるものの性質上当然考えられることであつて保釈保証金が被告人の身柄と直結していることから控訴人主張のような結論を導くことは当をえない。保釈請求者或は保釈金納付者は被告人との内部関係はともかくとして、裁判所(国)に対しては自己の危険において被告人の保釈条件の遵守履行を保証しているものと解すべきものであることは前記(二)の判旨から容易にこれを了解することができる。而して右に述べたところは保釈保証金の実際上の出所如何に関係なく仮にそれが被告人から出たものであるとしても該金員の保釈決定上の納付者が被告人以外の弁護人その他の保釈請求権者又は許可を受けた納付者である以上、前記(二)の判旨の如き我が保釈制度の下においては、裁判所(国)に対する関係においては保釈決定上の表示に従つて律せらるべく、以上の者と被告人の関係は内部関係にすぎないものといわなければならない。さればこの点に関する控訴人の主張は主張自体理由がない。

以上いずれの点からするも訴外入谷が被控訴人に対し、控訴人主張の如き保釈保証金還付請求権を有するものと解することはできないから、これを前提とする控訴人の本訴請求は爾余の点につき判断するまでもなく失当としてこれを棄却すべく、結局右と同趣旨に出た原判決は相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条に則り本件控訴を棄却すべく、控訴費用の負担につき同法第八十九条、第九十五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宅間達彦 坪倉一郎 吉田治正)

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